旅色プラス
100年近い歴史を刻むJR原宿駅の駅舎。1924(大正13)年に完成し、戦火も潜り抜けてきました。しかし、それももう見納め。2020年の東京オリンピック・パラリンピックの終了後に取り壊されることが発表されました。今回は、そんな今こそ見ておきたい原宿駅舎を中心に、周辺を建築さんぽしてみましょう。
Text&Photo倉方俊輔(建築史家)
人で溢れる表参道口を抜けて、横断歩道を渡り、振り返って眺めてみましょう。かわいらしい姿だと思いませんか。竹下通りへの入り口としても風格があります。しかし、竹下通りが今のように賑わうようになったのは1970年代から。原宿駅の方がずっと先輩です。リゾート地のペンションを思わせる外観は、郊外に建つ洋館をモチーフにしているから。壁の外側に木が表れているのは「ハーフティンバースタイル」と言われ、ヨーロッパの住宅の様式の一つです。特にイギリスで好まれました。素朴さをアピールしながら、装飾的に木を見せるのが特徴です。白い壁と縦横に走る木材の色が軽快な印象を与えます。
木の味わいを生かした装飾であることは、時計のある正面に立った時により感じられます。時計の上部に、繰り抜かれた木の板が3枚並んでいます。菱形のような、楕円のような、微妙なカーブが組み合わさっているのがわかります。この玄関部は細工が特に凝っていて、左右の壁は煉瓦タイルによる仕上げ。左右対称の美しさのなかに、素朴な趣を加えています。
△写真右は裏からステンドグラスを見たところ
中央には「原宿駅」と書かれた木のプレート。開業当初は今とは逆に右から左に文字が並んでいました。現在のプレートも、似た筆遣いで駅名を刻み、当時の雰囲気を伝えています。プレートの左右には細やかなステンドグラスも残っています。かつての国鉄からJR東日本の方々まで、この建物の特徴を大事にしてきたことがわかります。
少し離れて、屋根の上の塔も眺めてみましょう。
八角形の塔が空に突き出しています。てっぺんの曲線が人懐っこい印象。銅板で葺かれ、空気抜きも設けられて、細かなところまで丁寧に作られています。時を重ねた素材に味わいがありますね。原宿駅の駅舎は本格的な洋風建築ですが、こうして見ると、いかめしさはあまり感じられないと思います。それぞれの素材を率直に表現し、左右対称を崩した駅舎の形が、気取らない品格を生んでいるのでしょう。
原宿駅舎は「大正ロマン」などと呼ばれる時代に造られました。原宿エリアが東京特別区に入るのは、駅舎が完成して8年後です。その頃ここは郊外で、「東京府豊多摩郡千駄ヶ谷町大字原宿」という当時の地名からも、のどかさが伝わります。“都心を離れ、良好な空気の中で家族が健やかに暮らす”という理想を求め、田園調布をはじめとした郊外住宅地が開発されたのが、ちょうど同じ頃です。瀟洒な洋館のような原宿駅の姿には、明治神宮も1920(大正9)年に創建されたばかりという当時の郊外的な雰囲気が刻まれ、西洋的な田園の趣からは、大正という時代の文化的な雰囲気が感じられます。原宿駅は、そんな当時の空気を伝える生き証人なのです。
原宿、表参道エリアは、実は建築散策のメッカ。せっかく訪れたなら、周辺を少しさんぽしてみましょう。
△コーポ・オリンピア
駅から表参道の向こうに見えるのが「コーポ・オリンピア」。鉄筋コンクリート造8階建の中に164戸を収めた集合住宅です。ギザギザの外見が目を引きますが、これが良好な眺めと多彩な間取りを可能にしています。バルコニーは無く、フロントはホテルのようなつくり。ロビーや来客室が用意されています。
完成した頃はまだ民間の集合住宅は珍しく「マンション」という名称も定着する前です。サービスにも間取りも、さまざまな試みが行われていたことがわかります。「オリンピア」の名は1964年の東京オリンピックに由来していて、翌1965年の完成から数々の有名人が入居したことでも知られます。まさにレガシーとしての集合住宅といえるでしょう。
△ディオール表参道
今や有名ブランドが軒を連ねる表参道は、有名建築家たちの作品の鑑賞スポットとしても最適。 そのなかのひとつが、駅から徒歩約10分、表参道の交差点を越えた先の右手に現れる「ディオール表参道」です。一見するとシンプルな箱型。
しかし、よく見るとガラスの内側にアクリルでできたカーテンのようなものがあります。階高がまちまちなのも変わっていますね。通常のビルのように窓や‟ここまでが一階分“といった目安がないので、建物全体の大きさの感覚がわからなくなってきます。
夜は一層美しく、カーテンによって中と外の境界が曖昧になり、建築全体が柔らかい光を放ちます。こちらを設計したのは、妹島和世氏と西沢立衛氏が代表を務める建築設計事務所「SANAA(サナー)」。2003年に完成しました。ディオールというブランドのイメージを、表面的なロゴのようなデザインで終えるのではなく、そのエレガントさと革新性を建築のあり方で表現しています。建築界のノーベル賞と称される「プリツカー賞」を受けた世界的建築家ならではの発想です。
いかがでしたか。原宿駅の新駅舎は3月21日から現在の駅舎と併用開始予定です。今のデザインを再現すると伝えられていますが、解体理由の一つに木造、つまり燃えてしまうことが挙げられていますので、別物になってしまう可能性が高いでしょう。表参道にはほかにも少し歩くだけで興味深い建築物が多数あります。ぜひ今までなんとなく駅を利用してきた人も、初めて訪れる人も、今しか見れない原宿駅を見納めに、建築さんぽをしてみてください。
◆倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ)
1971年東京都生まれ。大阪市立大学准教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『東京建築 みる・ある・かたる』(京阪神エルマガジン社)、『伊東忠太建築資料集』(ゆまに書房)など、メディア出演に「新 美の巨人たち」「マツコの知らない世界」ほか多数。日本最大の建築公開イベントである「イケフェス大阪」実行委員、品川区で建築公開を実施する「東京建築アクセスポイント」理事などを務める。
旬な旅行・グルメ・旅ファッション情報や連載コラムを毎日配信する、女性向けニュースメディア。
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