「あれ食べに行こう」からはじまる旅 タベサキ

数寄屋造りのお宿で愉しむ 粋人たちが愛した鮎料理
6月1日「鮎の日」には全国各地で鮎漁が解禁されます。
その香りの高さから香魚とも呼ばれる夏の風物詩。
塩焼きをはじめ煮浸しや刺身、鮎飯など、
古くから千姿万態の料理が供されてきました。
今回は、作家・池波正太郎といった食通からも愛された、
鮎を食べるならここと言われる関東屈指の名店へ。
荒川のほとり、絶好のロケーションで鮎づくしに興じます。

写真、文/佐藤 潮.(effect)

※新型コロナウイルスの影響により、施設の営業日・営業時間が変更になっている場合があります。
最新の公式情報をご確認ください。
鮎の宿「枕流荘 京亭(ちんりゅうそう きょうてい)」女将 佐々靫江(さっさ ゆきえ)
教えてくれた人
鮎の宿「枕流荘 京亭(ちんりゅうそう きょうてい)」女将 佐々靫江(さっさ ゆきえ)

大正時代に一世を風靡した歌劇「浅草オペラ」の創始者であり、作曲家やグラフィックデザイナーとしても活躍した佐々紅華(るび:さっさこうか)の養女。18歳から和食の料理人であった弟と協力しながら宿を盛りたて、60年以上の歳月が流れています。この地で粋人たちをもてなしてきた生き字引です。

荒川のほとりに佇む風光明媚な大邸宅
荒川のほとりに佇む風光明媚な大邸宅
美しい池泉回遊式庭園とモダンな数寄屋造りの宿。佐々紅華が設計から現場監督までを兼任して意匠の限りを尽くしたそうです
額縁のように美しい欄間や鴨居。少し揺らぎのあるレトロなガラスの向こう側には荒川の雄大な流れも広がります 額縁のように美しい欄間や鴨居。少し揺らぎのあるレトロなガラスの向こう側には荒川の雄大な流れも広がります
宿泊せずとも食事だけで貸し切れる2階の広間。全4部屋それぞれ趣向の異なる風情豊かな空間で鮎料理を楽しめます 宿泊せずとも食事だけで貸し切れる2階の広間。全4部屋それぞれ趣向の異なる風情豊かな空間で鮎料理を楽しめます
女将が守り続ける鮎の宿

1931年に新居である「枕流荘 虚羽亭(きょうてい)」の建設に取り掛かり、晩年までこの地で過ごした佐々紅華。作曲を手がけた大ヒット曲「祇園小唄」にちなみ「京亭」と名を変え「すばらしい景観をひとり占めするのではなく、多くの方に楽しんでいただきたい」と戦後すぐに宿をはじめたそうです。女将の靫江さんは凛とした口調で「養父の紅華は今で言うマルチタレントでした」と話します。

焼立てをいただく至福の時間
焼立てをいただく至福の時間
例年6月1日から「天然鮎塩焼きコース」6,800円(税サ別)全8品の提供がスタート。お刺身やうるか(塩辛)など多彩な鮎料理が並びます
甘じょっぱくてお酒の肴にもぴったりの鮎煮浸し。骨まで柔らかく煮込まれているので頭から尻尾までおいしくいただくことができます 甘じょっぱくてお酒の肴にもぴったりの鮎煮浸し。骨まで柔らかく煮込まれているので頭から尻尾までおいしくいただくことができます
看板料理は香魚の魅力を丸ごと囲炉裏鍋に閉じ込めた鮎飯。ふたを開ければ炊きたての芳醇な香りがお部屋いっぱいに広がりました 看板料理は香魚の魅力を丸ごと囲炉裏鍋に閉じ込めた鮎飯。ふたを開ければ炊きたての芳醇な香りがお部屋いっぱいに広がりました
心身ともに鮎で満たされながら

「年魚とも言われる鮎は1年で一生を終える魚です。河口で生まれて海で育ち、春になると川を上ります。真夏にならないと縄張りを持たないため、友釣り漁の解禁後もなかなか純粋な天然物は手に入りません」。靫江さんは手際よく鮎飯を盛り付けながら、穏やかな口調で鮎や宿にまつわるエピソードを教えてくれました。日本庭園と自然が織りなす絶景、素材を活かした鮎料理、ロマンを感じる逸話の数々……すべてのエッセンスが最高の夏のひとときを盛り上げます。

手慣れた箸さばきで鮎の骨や頭を外す靫江さん。洗練された所作を眺めているだけでも食欲がどんどん刺激されます 手慣れた箸さばきで鮎の骨や頭を外す靫江さん。洗練された所作を眺めているだけでも食欲がどんどん刺激されます
取材日は漁の解禁前のため鮎はまだ養殖もの。香りは天然物にかないませんが、脂はしっかりと乗っていました 取材日は漁の解禁前のため鮎はまだ養殖もの。香りは天然物にかないませんが、脂はしっかりと乗っていました
仕上げに薬味として小葱とシソを混ぜ入れて鮎飯の完成。鮎ならではの香りとうま味が噛みしめるほどにこみ上げます 仕上げに薬味として小葱とシソを混ぜ入れて鮎飯の完成。鮎ならではの香りとうま味が噛みしめるほどにこみ上げます
成長の大きなきっかけは、作家・池波正太郎

「鮎料理が名物になるきっかけを作ったのは、作家の池波正太郎さんでした」と靫江さん。1977年ごろ、対岸にある「鉢形城址」を舞台にした小説『忍びの旗』の取材旅行で池波さんが訪れたそうです。「当時は庭園の手入れも行き届いていない状況で、料理も鮎飯、塩焼き、お新香ぐらい。それなのに雑誌5ページにも渡り褒めてくださって。エールの意味合いも強かったと思います」。池波さんの期待を裏切ってはいけないと料理の開発やお庭の整備に力を入れるようになり、鮎の宿としての名声が高まっていくのでした。

information
枕流荘 京亭

枕流荘 京亭
住所/埼玉県大里郡寄居町寄居547
電話/048-581-0128(要予約)
営業/11:00~21:30
  (コースの提供開始は19:00から最終)
定休/火曜日
アクセス/東武東上線 寄居駅から徒歩10分
駐車場/26台

次代にも残したい古き良き情緒
次代にも残したい古き良き情緒

鮎が名物になる前までは普通の宿でした。アメリカ文化研究者として著名な常盤新平さんや『ライ麦畑でつかまえて』の翻訳者として有名な野崎孝さんなど、いわゆる「カンヅメ」で執筆活動をされる先生方がよく長逗留されていたものです。朝になれば調理担当の弟が「先生これから鮎を釣ってくるよ」と友釣りに出かけて。釣りたてを七輪で提供するような時代もありました。現代では同じように仕入れることは難しいですが、全国各地の名所で朝釣れたものを釣り師さんから送ってもらえるようにしています。

鮎で呑むなら 変わらない美酒で乾杯を
鮎で呑むなら 変わらない美酒で乾杯を
東京事変『緑酒』MVの舞台にもなった「枕流荘 京亭」。
緑酒(りょくしゅ)とは、緑色に澄んだ高品質な美酒のこと。
当然、鮎の宿では料理にぴったりの銘酒を用意しています。
なかでもオススメしたいのが、この地ならでは、とっておきの一杯です!
鮎料理におあつらえ向きの美酒、その名もずばり「京𠅘」
地元酒蔵の伝統を継ぐ味わい 「枕流荘 京亭」を代表する日本酒「京𠅘」を手がけているのは「藤﨑摠兵衛商店」。1728年、近江(現在の滋賀県)出身の日野商人、藤﨑摠兵衛が創業した老舗酒蔵で、埼玉に日本酒を広めた立役者とも言われています。2018年までは「枕流荘 京亭」のすぐ近所で酒造りを続けていました。 地元酒蔵の伝統を継ぐ味わい
景色は変わっても美酒は変わらず 私の一族はお酒好きが多いんです。実父は90歳を過ぎても毎日嗜んでいたほど(笑)。佐々紅華も大酒飲みでしたから「藤﨑摠兵衛商店」の日本酒を好んでいたと思います。大通りから川筋まで広がる本当に大きな酒蔵でした。数年前に寄居町から長瀞町へ移転して、跡地にはスーパーやドラックストア、100円ショップ、銀行まで建って……町の変化に少し寂しさもありますが、宿では変わらず日本酒「京𠅘」を楽しむことができますよ。 景色は変わっても美酒は変わらず
純米酒「京𠅘」は1合1,000円、大吟醸「京𠅘」は1合1,200円(各税サ別)。どちらも鮎の風味を引き立てる柔らかな口当たりです
純米酒「京𠅘」は1合1,000円、大吟醸「京𠅘」は1合1,200円(各税サ別)。どちらも鮎の風味を引き立てる柔らかな口当たりです
鮎骨酒は時価。1,000円前後の天然または養殖の鮎を選び、熱燗にした「白扇 上撰」1合600円を注ぎ込んで作ります
鮎骨酒は時価。1,000円前後の天然または養殖の鮎を選び、熱燗にした「白扇 上撰」1合600円を注ぎ込んで作ります
鮎のコクを楽しむなら鮎骨酒を 新鮮な鮎を味付けせずにそのまま焼いて、高温にした熱燗を注げば鮎骨酒の完成です。主張の少ない日本酒が合うため、こちらには「藤﨑摠兵衛商店」の「白扇 上撰」を使用しています。鮎から出るコクと香りがお酒に染み渡っていますので、つまみがなくとも楽しめるはず。味が出る間は繰り返し熱燗を注ぎ直して、最後に残った鮎を食べられる方も多いですね。 鮎のコクを楽しむなら鮎骨酒を
酒蔵 寄居町から移転した酒蔵は、秩父本線で4駅お隣の長瀞町にあり、タイミングが合えば麹づくりなどの作業工程を見学できます。現在取り扱っている代表的な銘柄は、埼玉の酒米で仕込んだ日本酒「長瀞」など。売店では秩父特産の食品や工芸品なども取り揃えています。
information
長瀞蔵・藤﨑摠兵衛商店

長瀞蔵・藤﨑摠兵衛商店
住所/埼玉県秩父郡長瀞町長瀞1158
電話/0494-69-0001
営業/10:00〜17:00
定休/火曜日、水曜日
アクセス/秩父本線 長瀞駅から徒歩8分
駐車場/30台