名建築に南部鉄器、宮沢賢治……空想と現実が交差する旅【岩手 盛岡】

岩手県

2024.03.29

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名建築に南部鉄器、宮沢賢治……空想と現実が交差する旅【岩手 盛岡】

アメリカのニューヨーク・タイムズ紙では毎年、その年に行くべき旅行先を紹介している。昨年「2023年に行くべき52カ所」の2位に選ばれたのは、岩手県盛岡市。歴史ある名建築、かねてより憧れ続けた南部鉄器、大人になった今、改めてその美しさに惹かれる宮沢賢治の作品など、魅せられるものばかりのこの町を、旅色LIKESライターのリリが旅をしてきた。

目次

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盛岡を代表する名建築へ「岩手銀行赤レンガ館」

南部鉄器に憧れて

宮沢賢治の世界観に触れて

おわりに

盛岡を代表する名建築へ「岩手銀行赤レンガ館」

角地という立地を活かした外観は盛岡のランドマーク的な存在

角地という立地を活かした外観は、盛岡のランドマーク的な存在

昨年、ニューヨーク・タイムズ紙で「2023年に行くべき52カ所」の2位に選ばれた盛岡市。「和洋折衷の建築物が残る町並み」や「中心地を流れる川などの自然」が評価されたという。この描写にぴったりの名建築が、中津川のほとりにあった。

向かいのビルから撮影した横からのアングル こちらの外観の方が個人的には好きかも

向かいのビルから撮影した横からのアングル。こちらの方が個人的には好きかも

入口周りの装飾

入口周りの装飾

それは、東京駅丸の内駅舎を設計した辰野金吾と、その弟子で、盛岡出身の葛西萬司が手がけた「岩手銀行赤レンガ館」。国の重要文化財にも指定されている。1911(明治44)年、二代目の盛岡銀行本店として建設されてから100年余りにわたり営業したのち、2016年に多目的ホールおよび創建当時の館内の模様を展示する施設として再オープンした。

塔を見上げると八角形に

塔を見上げると八角形に

銀行の窓口。腰壁部分が大理石

銀行の窓口。腰壁部分は大理石でできている

凝った天井装飾

凝った天井装飾が美しい

まるで“小さな東京駅”を思わせる外観は、赤いレンガの間に石灰石の白い帯があるのが特徴。装飾的な外観も美しいが、中も見どころが多い。室内から塔の部分を見上げると、八角形の印象的な空間が広がり、非常に手が込んでいる。窓口として利用していた場所は腰壁部分が大理石でできていて、他のところと雰囲気が変わるのが楽しい。窓口の上げ下げガラスの金属模様、ホールの天井装飾、階段手すりなど、細部まで美しい名建築だった。

◆岩手銀行赤レンガ館
住所:盛岡市中ノ橋通1丁目2番20号
電話番号:019-622-1236

歩いて回れるコンパクトさも盛岡の魅力

もりおか啄木・賢治青春館は、岩手銀行赤レンガ館から徒歩約2分

もりおか啄木・賢治青春館は、岩手銀行赤レンガ館から徒歩約2分

地方は都市部であっても、車移動でないと観光しづらいイメージがある。東北地方はその印象が特に強く、ペーパードライバーの私は敬遠しがちな旅先だった。ところが、盛岡は見どころがコンパクトにまとまっており、各所の移動は徒歩圏内だったり、多少離れていても循環バスが利用できたりと、車がなくても観光しやすい。これは嬉しい発見だった。

盛岡に来たら見逃せないスポット「もりおか啄木・賢治青春館」は、「岩手銀行赤レンガ館」から徒歩約2分のところにあり、こちらも町歩きにぴったりの移動距離。今回は日帰りで、盛岡での滞在時間は7時間程度。詰め込みすぎないプランだったが、町全体がコンパクトにまとまっていたからか、いつも以上に充実していたと思う。

南部鉄器に憧れて

南部鉄器

南部鉄器の風鈴

盛岡の旅から戻った私は、さっそく自宅のバルコニーに面した掃き出し窓の近くに、南部鉄器で作られた風鈴を吊るした。大正時代の面影を残す「紺屋町(こんやちょう)」という趣ある町並みに建つ、南部鉄器の老舗工房「釜定」で購入したものだ。一つひとつ、形も音色も異なる手作りの品の中から、一番心地よい音が鳴る一点を厳選した。

「紺屋町番屋(こんやちょうばんや)」は、赤い屋根とグレーの外壁がかわいらしい建物

「紺屋町番屋」は、赤い屋根とグレーの外壁がかわいらしい建物

カフェスペース

カフェスペース

レトロなグッズもたくさん

レトロなグッズもたくさん

朝日を浴びるために窓を開けるのが、待ち遠しい。心地よい風が吹いた瞬間、寝起きの頭と身体にスイッチを入れる音。風鈴の音と呼応するかのように聞こえる小鳥のさえずり。大好きな朝の音を聞きながら、朝日に向かって深呼吸をする。今日もいい朝だ。

南部鉄器

憧れの南部鉄器「釜定」にて

柔らかな朝日が差し込むキッチン。オープンシェルフに鎮座する鉄瓶に目をやる。黒く無骨な、でもシンプルでモダン、どことなく北欧的な姿にニンマリした。隣に飾る素朴な枝物を引き立てている。北欧モダンなインテリアの我が家にもよく馴染んでいるようだ。古くから生き残ってきたいいものには、生活を豊かにするヒントやデザインの良さに学ぶべきところがあるように思う。いま、ジャパンディ(日本の要素と北欧の要素をミックスした、温かみの中に洗練された風合いがある)というインテリアスタイルが世界的に人気があるように、北欧と日本の伝統的なものは相性がいい。それはきっと、求めてきた価値観や惹かれるものが似ているからだ。

南部鉄器

こけしの形が愛らしい釜定の栓抜き

南部鉄器

憧れだった南部鉄器の鉄瓶を手に取る。湯を沸かす鉄瓶の音を聴きながら、忙しない日常から切り離されたような、立ち止まる時間が好きだ。白湯にレモンを絞り、ゆっくりと飲み干す。鉄瓶で沸かした湯はまろやかに感じる。朝日を浴びながら軽いヨガで凝り固まった身体をほぐし、瞑想で心を整える。こんなモーニングルーティンがいつからか日常になっていた。いつか欲しいと憧れ続けた南部鉄器の風鈴と鉄瓶を手に入れて、私の毎朝は理想に近づいた。旅先で吟味した伝統工芸の憧れの品たちが、私の毎日を心地よく彩っている。

光原社可否館

光原社可否館にて

朝食の後、お気に入りのカップを選び、ハンドドリップで時間をかけて珈琲を淹れる。あの日、光原社可否館(こーひーかん)で見た店員さんの無駄のない丁寧な手仕事を真似るように。鉄瓶で沸かした湯を使うだけで、珈琲の味もワンランクアップする。

光原社可否館では年代もののミルで豆を挽き、ハンドドリップで一杯ずつ丁寧に淹れてくれる。豆の袋には青森県弘前市<成田専蔵珈琲店>と書いてあった。店内に満たされた芳しい香りに癒された。漆塗りのカウンター席で珈琲を待つ間、悠々とした店員さんの所作に釘付けになった贅沢な時間を思い出す。素敵な空間で味わうこだわりの珈琲は格別。青森に行ったらこの店の珈琲豆を買おう、と、また行きたい場所リストが増えていた。

ラウンジチェア

「光原社」にて撮影

夜は早々に電子機器をオフにして、お気に入りのラウンジチェアで本を読む。鉄瓶で沸かした湯で淹れたハーブティーを飲みながらの、ゆったりした時間。今夜は英訳された「銀河鉄道の夜」を読む。もりおか啄木・賢治青春館や光原社で見た宮沢賢治の世界を思い出しながら……。

ーーーという妄想をしながら、たびキュン早割パスの日帰り旅から帰路についた。現実世界では憧れの南部鉄器の値段に驚愕してしまい、憧れの鉄瓶の購入は遠い未来になりそうだ。だから、理想の暮らしはまだ先の話。南部鉄器が買えるように今日も働かなければならない。空想の世界に浸る私は、架空の家での鉄瓶がある暮らしを夢想しながら、今日も浅い眠りにつく。

宮沢賢治の世界観に触れて

もりおか啄木賢治青春館にて この後、銀河鉄道が走る仕掛けが

もりおか啄木・賢治青春館にて。この後、銀河鉄道が走る仕掛けが

こうした文章を書くようになってまだ数カ月だが、最近、私は小さな野望を持ち始めた。それは、いつか英語で自由にエッセイを書けるようになりたいということ。日本語で書く文章と同じように、外国語でも思うがままに紡いでみたいのだ。翻訳アプリでは伝わらない細かなニュアンスを、自分の言葉で書けたらいいなと思う。

宮沢賢治

漆器や焼き物を扱う工芸品店「光原社」にて

雨ニモマケズ

壁には「雨ニモマケズ」が書かれている

日常英会話もけっして流暢にできるとは言えない私が外国語でエッセイを書くなんて、遠い遠い未来の話であるのは百も承知なのだが、そんなことを考えていた時、ふと宮沢賢治の本を思い出した。宮沢賢治の特徴のひとつとして挙げられる、独特なオノマトペ表現はどう英訳されているのだろうかと気になったのだ。空想の世界に英訳された銀河鉄道の夜が登場したのは、学ぶにはぴったりの教材なのではないかと思ったからだ。

光原社にある宮沢賢治石碑

光原社にある宮沢賢治石碑

銀河鉄道の夜

駐車場に書いてある「銀河鉄道の夜」

宮沢賢治のことや作品のことは、子どもの頃に学校の授業で触れた程度にしか知らない。特別な思い入れも何もないけれど、大人になった今、再び目にした彼の文章表現は、ピュアで美しいなと心から思う。独特でありながら、確かな知見に裏打ちされ、豊かな感性から紡ぎ出される唯一無二の言葉が多くの人を魅了してきたことも今なら理解できる。物事の本質を見定める審美眼、鋭い観察眼も持ち合わせているのだろう。個性的な表現でありながらも独りよがりではなく、誰もが想像できる範囲の、絶妙なバランス感覚を持っているようにも感じる。

おわりに

まるで富士山のような岩手山

まるで富士山のような岩手山

大変おこがましい話だが、もし私と宮沢賢治に共通点があるとしたら、“空想好き”ということだと思う。空想のスケール感は全く違うが、そこが凡人と偉人の差なのだろう。現実の岩手を「イーハトーブ」というユートピアに変えて、変わり映えのない景色を言葉の力で違う風景に見せる宮沢賢治への関心が急上昇した旅となった。さらに、その世界を知るために、いつか宮沢賢治の出生地、花巻にも行ってみたいと思う。

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#岩手県 #建築 #旅色LIKES #盛岡市 #文学旅 #ニューヨーク・タイムズ紙

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フォトエッセイ リリ

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リリ

東京都在住の会社員。カメラを片手に街歩きをしたりカフェ巡りをすることが趣味です。大好きな建築やアートなどを中心に、旅先で得た気づきや体験を感じたままに独自の感性で綴ります。

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