高橋久美子の旅のメモ帳vol.8「夏休みと旅」
作家・作詞家として活躍されている高橋久美子さんが、旅先でとったメモを起点に心にとまった風景を綴る連載エッセイ。今回は、6月にメンバーに向けて実施したライター講座の事前課題でもあった「夏休みと旅」をテーマに、お隣さんとのつかの間の夏休みについて。
文・写真/高橋久美子
お隣さんと渋谷にクラフトビールを飲みに行った。集合場所は家の前という、夏休みの小学生のような友人のありかたがこの歳になるととても新鮮だ。一方は子どもが三人いるお母さんで、一方は常に締切に追われる文筆業。土曜の昼間から待ち合わせて飲みに行く贅沢は旅に匹敵していた。
現れた隣人は、白いスカートをはき、メイクをし、髪をまいて、リゾート旅に出かける学生のようだった。お母さんの夏休みはどこにあるのだろうという素朴な疑問が浮かび上がる。彼女は毎日くるくると笑顔でよく動き、平日はお勤めもして、ときに「昨日もまた徹夜ですか?」と差し入れを持って我が家を訪ねてくれるよき隣人でもある。これはつかの間、母の夏休みなのだった。
二人は最寄り駅まで歩き渋谷行きの電車に乗った。途中の乗り換えでホームが混雑しているなと思ったら、電車にトラブルがあったようで、いつもは使わない別ルートで行くことになった。これがさらに旅感をアップさせた。今日は打ち合わせでもイベント出演でもなく、時間をかけてただビールを飲みに行く。箱根や軽井沢へ向かうように。旅とは、目的地へ行くことだけでなく、その道中こそが醍醐味だなと感じた。
最近の仕事の話、嬉しかったことや日々の愚痴、お互いに隣人だから気軽に話せることもあって、温泉に浸かるように私たちは人生の余白を楽しむ。
ずっと行ってみたかった神泉町にあるビアバー「ミッケラー トウキョウ」に到着した。テラス席にはお洒落な若者が集っていて、二人は気合をいれてカウンターへ分け入る。そして、15種類くらいの中から私は1パウンドのでかいのを、彼女は小さなグラスビールを頼む。満席の店内で何とか席をとり「おつかれさま」と静かにグラスを合わせた。
しばらくして、彼女が酔っ払ってきたというので、彼女の頼んだビールを見ると12%のベリー系ブラックビールだ。
「ええ!一番アルコール度数高いの選んでますよ!」
「やっちゃいましたね」
と笑った。