小林エリカの旅と創造 醒めない夢

小林エリカの旅と創造

#21 醒めない夢
SCROLL
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木馬がゆっくりと回転している。
ジェットコースターが大きな音を立てて通り過ぎてゆく。
色とりどりの光の点滅。
アコーディオンの音楽とあたりに漂うポップコーンの匂い。

1/5

小学生の頃、12歳上の姉と当時の姉のボーイフレンドの豊島園での遊園地デートに、頼み込んで連れて行ってもらったことがある。正直、その時の私は遊園地へ行きたいというよりは、姉と一緒にいたかったのだ。
ボーイフレンドは私がくっついてきたことに大層困惑していて、優しい姉は苦笑したまま私にメロンソーダとフライドポテトを買ってくれた。

果たして、私は完全なデートの厄介者だったが、勢いよくはしゃぎまわり、回転木馬に乗り、ジェットコースターに乗り、フライングパイレーツに乗り、夜は打ち上げ花火まで見たのだった。
それから何十年も経った今でも、お台場や横浜で観覧車を見かけたり、後楽園や浅草の方へ出かけてジェットコースターの脇を通りがかったりするたびに、なぜか私はあの日のことを思い出す。

2/5

私自身はずっと長いこと姉にも遊園地デートにも憧れていたが、結局、遊園地デートを達成できたことは未だない。姉は大人っぽくて、ボーイフレンドはハンサムで、花火は恐ろしく綺麗だった。ひょっとしたら、あの日が、あの遊園地が、あまりに完璧で、楽しかったからかもしれない。

けれど思えば姉があのボーイフレンドと別れたのはもうとっくのまえだし、昨年には豊島園が閉館し、あの回転木馬はもうないというのをニュースで知った。
遊園地も思い出も、ときに夢のようで、儚い。

3/5

一九世紀末から二十世紀初頭にかけて世界の人々を魅了した、夜でも昼のように光り輝く遊園地、ニューヨークのコニーアイランドにあるルナパーク。そこでウエストをコルセットで締めあげたご婦人方が、ジェットコースターを楽しむ白黒フィルム映像を観たことがある。
ちょうど同じ時代、シカゴ万国博覧会で世界初の巨大な観覧車を建設していた作業員の息子は、いまや世界各地にディズニーランドという巨大遊園地を作り上げている。

4/5

夢は儚いかもしれないが、夢を見たい、夢が醒めなければいい、と願う人間の欲望は、無限大だ。アメリカから遙か離れたここ東京にまでディズニーランドはあるのだから。
やがて私がデートならぬ我が子を連れ、いつか醒めない夢を求めてその場所を訪れる日も近いかもしれないと思うと、感慨深い。

5/5
小林エリカ
Photo by Mie Morimoto
文・絵小林エリカ
小説家・マンガ家。1978年東京生まれ。アンネ・フランクと実父の日記をモチーフにした『親愛なるキティーたちへ』(リトルモア)で注目を集め、『マダム・キュリーと朝食を』(集英社)で第27回三島賞候補、第151回芥川賞候補に。光の歴史を巡るコミック最新刊『光の子ども3』(リトルモア)、『トリニティ、トリニティ、トリニティ』(集英社)発売中。